適応障害になったきっかけ(1)

 なんか連載っぽくなりそうなので、(1)とかつけてしまいました。

 新卒で大学法人に入職して、2年目に付属の中学校・高等学校の事務室に異動になりました。そのときは23歳ながら結構ショックだったと思います。本流から外れた部署に、しかも1年で異動ですので。
 でも出勤時間短くなったしいいじゃないかと前向きにとらえ、年を追うごとに担当する仕事の量も増えていきました。非常勤の先生の給与計算をする過程で、確定申告とか特別徴収の仕組みとかも学ぶことができたし、夜11時までかかって志願者数速報を公表するスクリプトを技術の人間と作ったのもいい思い出です。
 何回か上司も変わりましたが、総務・人事・経理・学生厚生・広報...etcを全て1人の管理職が把握できるはずもなく、割と自由にいろんな先生と調整しながら仕事を進められました。

 で、7年過ぎた年の9月の10日頃でしょうか、上司に裏に引っ張って行かれて「10月に本部に異動が決まった」。誰がと聞き返しましたところ「おまえが」。晴天の霹靂です。非常勤給与計算のシステムを春に導入して、給与体系も反発を招かないようにかつうまく抑えられるようにと上司とともに策を練っていたところにです。
 一応、組合との間には「異動の場合は本人に1月以上前に内示する」という約束があります。今回はこれに反していますが、10月1日の異動が10月10日になるだけです。
 異動先はいわゆる企画課。名前だけは花形ですが、要するにお膳立てを整えて、成果は他の部署(管財だったり総務だったり産官学だったり)が持って行く部署です。
 9月の中旬は、どんな仕事をするんだろうということから始まって、通勤時間伸びて朝起きられるかと不安で晩酌が習慣でした。思えばこの頃から不安障害が出ていたようです。
 そんなこんなで不安をかかえつつ、23時まで残って引き継ぎ書を書きつつ、2010年の9月は終わっていきます。
posted by 霧生 at 2012年05月14日 23:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | 適応障害について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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